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立体撮影  2


◆一方、独のロッテ・ライニガー、そしてアブ・アイワークスが原型を開発し、ディズニー・スタジオのウィリアム・ギャリティが独自の改良を加えたマルチプレーン・カメラ(図 mc-0, 0b)の方は、平面プレーンの組み合わせという制約があるものの、セルに対して親和性のある描画による素材を使用するので、その後多くの制作会社に採用されました。

◆そして、ステレオプティカル・カメラ同様、各プレーンとの間が物理的に離されているため、運動視差や被写界深度を応用した焦点調節表現が可能です。 このページではマルチプレーン・カメラの効果と擬似的なマルチプレーン処理=通称「密着マルチ(日本名)」の効果の違いを研究します。
mc-0 Multiplane Camera(4段概略図) mc-0b "Popular Mechanics" may 1938, 712P

◆図(mc-1)はマルチプレーンカメラの概略図ですが、実際は垂直スタンドに支えられています。 各プレーン(層)の中心は、カメラの光軸線上にあるので、カメラとの距離が離れるにしたがって画角(画面サイズ)が大きくなります。図では最下段プレーンの背景(最遠景)が最大になります

◆また、各プレーンには、スライド機構があり、書割素材("Cut-Off" 又は「ブック」)を1/10mm〜1/1000mm単位で移動することができます。

◆現在のデジタル撮影処理と違い、セル自体の透明度(透過率)の問題があり、セルの枚数が増えるほど透明度が損なわれてしまいます。 したがって最下段の背景プレーンを除く、各プレーンのセル枚数の合計は7枚あたりが上限になります。

mc-1 マルチプレーン・カメラ撮影の概略図

◆下段左の図(mc-2)は、マルチプレーン用のショット全景です。 カメラは初期位置で最も引いた状態なので全てに焦点が合っています。 マルチプレーン・カメラは先に紹介したフライシャーのステレオプティカル・カメラ同様、直進と後進しか出来ません。 したがって、縦横方向(X軸・Y軸)移動は各プレーンに附属しているスライド機構でおこないます。

◆マルチプレーン・カメラの真骨頂は上の図に示したとおり、各プレーンが物理的に距離をとっているため、カメラの移動やプレーンの移動に際し、近景素材(手前の木々等)や遠景素材の見え方に自然な運動視差が生じます。 特にカメラが対象に向ってトラッキング(近づく)するショットでは、近景素材が画角内から奥行き感を保ってフレーム・アウト(撮影エリアから外れる)します。 つまりパンニング(移動撮影)やフォロー・ショット(人物や対象に追随して撮影)が横(X軸)方向の運動視差であるのに対し、トラッキング・ショットは前後(Z軸)方向の運動視差をもたらします。 [Y軸のスライド機構は、カメラを上下に振るティルティング"Tilting" やフォロー・パン(俗称)・ショットに使用されます。]

◆下段右の図(mc-3)は、カメラがショットの中心にある丘の上の城のプレーンにトラッキングしますが、近景の2本の枯れ木の間が画角に入るので、それぞれ左右方向にフレーム・アウトし、合わせて被写界深度が浅いため、焦点の合う範囲から外れるのでぼやけてきます。  中景プレーンの2本の枯れ木も図 mc-2と比べると、見た目の距離が離れて、やや焦点が甘くなっています。


mc-2 マルチプレーン・カメラ用ショット全景

mc-3 トラッキング後のショット
◆図(mc-3)では、カメラのトラッキング移動に伴う、物理的な位置関係(近景と遠景の視差)に加え、一番遠景である空・月・雲の見え方(画角範囲)をカメラの移動前と移動後であまり変化させないように、遠景プレーンを更に奥方向に移動さし、空間的な広がりを損なわないようにしています。

運動視差による奥行き知覚の効果を上げる点では、マルチプレーン・カメラもステレオプティカル・カメラに1歩も引けをとりませんが、短所もあります。
1.素材のサイズ及び製作コスト
 奥行きを得るための各プレーン間が離れるほど、撮影される範囲が大きくなり、景観素材もそれに合わせたサイズで制作しなければならないことです。 マルチプレーン・カメラを使用した漫画映画作品の場合、通常キャラクター・プレーンは前景の奥の2段目もしくは3段目に配置されますが、それでも普通の35ミリ作品よりは大きめの素材(作画時も同様)になります。 加えて、各プレーン上に配置される撮影素材は、他のプレーン素材(セルや押さえガラス)への写りこみを防ぐため、必ず裏側に黒色ペイント処理が施されます。 つまり、それだけ制作費と時間がかかることになります。

2.照明の問題
 フィルム・アニメーション撮影では通常、背景とセル(数枚)をガラス版で押さえて撮影台にセットして撮影します。 光源となる照明はハレーションを防ぐために最低でも1対必要で、左右から同じ角度で素材にあてられます。 マルチプレーン・カメラではプレーンの段数ごとに1対の照明が必要になるので、4段マルチプレーン・カメラの場合は合計8個の照明を配置しなければなりません。
 光源に使用されるライトは色温度3200°Kのタングステン・ランプ等の専用の電球を使用しますが、これは家庭用電球等とは扱いがまったく異なり、簡単に電源のオン・オフは厳禁で、点灯するときは徐々に光量を上げ、逆に消灯するときは徐々に光量を落としていきます。 そうしないと高価な電球の寿命が短くなるからです。
 また撮影に長時間を要する為、光量の安定化は絶対条件で、電源の不安定な設備では光量の変化による色温度変化が発生し、仕上がりフィルムの色味に大きな影響を与えてしまいます。 通常、照明用電源にはスライダック・トランスという可変抵抗器を経由させアンペアー(電流)数値の一定化を計ります。

3.被写界深度("Depth of Field")
 4段のマルチプレーン・カメラでも最低8個の照明があるということは、レンズを通過する反射光の光量も半端ではないということになります。 かなりシャッターの絞りを絞らないと、真っ白な画面になってしまいます。
 ところが絞りを絞る(F値を大きくする)ほど、被写界深度というピントの合う範囲が大きくなり、上記の図に示した、近景のボケ効果が失われることになります。 絞りを開放(F値を小さく)してピントの合う範囲を限定するには、何等かの方法でレンズを通過する光量を調整する必要があります。 一般的にはレンズにND(減光)フィルター等を取り付ける方法がありますが、照明の光量、カメラの露出[焦点距離、シャッター・スピード、絞り(シャッター開角度)、フィルム・サイズも考慮]を総合して調整する場合もあります。

ディズニー・プロダクション制作「ファンタジア」(1942)の「くるみ割り人形」では最大8段のプレーンを持つマルチプレーン・カメラが使用されましたが、上記の理由から1940年代後半〜1960年代前半にかけて、プレーンの段数は徐々に少なくなり、使用は高い興行収益が見込まれる長編漫画映画作品やアトラクション映像、商業広告用の短編作品に限定されるようになりました。

 制作コストのかさむマルチプレーン・カメラやステレオプティカル・カメラは、主に設立画面(シーン上の主要な場所を最初に示すショット)及び、オープニングや売りとなるシーンに使用されることが多く、通常のシーンは、セルや景観素材をシングル・プレーン上に重ね合わせてスライド移動させる従来型のカメラ・ワーク技法が使われました。 この技法も奥行き感溢れる立体撮影との差異を極力少なくするために技術的な向上が図られました。 それが「密着マルチプレーン(俗)」と呼ばれる擬似的な運動視差をもたらす立体表現です。


この「密着マルチ」は俗称で、「シングル・プレーンを使用してマルチプレーン・カメラと同様な運動視差を表現する」技法に対して日本で呼称された技法です。 それまでは単にカメラ・ワーク(パンニング、フォロー、トラッキング)に伴う運動視差を平面素材のスライドで実現する技法として使用され、正式な名称はありませんでした。
 密着マルチの特徴はすべての素材(キャラクターのセル、背景素材)を単一プレーン上に重ねて置き、それらを意図的にスライド移動させて運動視差を表現することにあります。

◆図(mc-4)では解りやすいよう各撮影素材が離れていますが、実際はすべて重ねられている状態で撮影されます。

◆アニメーション撮影台には、各撮影素材を個別にスライド移動させる機構が複数組み込まれ、パンニングやフォロー・ショット、それにカメラのトラッキング・ショットに伴う擬似的な運動視差を表現します。

◆マルチプレーン・カメラと違い、すべての撮影素材はシングル・プレーン上にあるため、同一の画角で撮影されます。 マルチプレーン・カメラ同様、透過率の問題から一度に重ねられるセル枚数の上限は7枚くらいになります。

mc-4 密着マルチプレーン撮影 (概略図)


mc-5 密着マルチ用ショット全景

mc-6 密着マルチのトラッキング後のショット
◆密着マルチではトラッキング・ショットに際し、各撮影素材を手作業でスライド移動させます。 図 mc-5の中央にあるフレームがトラッキング・アップの目標フレームになります。
 図 mc-6はトラッキング後のショットになりますが、意図的に手前の木を左右に移動させ、中央の木々も図mc-5より少し左右に移動させ、運動視差を擬似的に表現しています。(最遠景の空も意図的に移動)

撮影素材(セル)を重ねただけのの密着マルチ技法でも、運動視差による奥行き知覚の効果を上げることが可能ですが、唯一被写界深度を応用した「焦点をぼかす」効果だけはできません。 しかし、1990年以降、制作工程がデジタル化される過程で擬似的ではありますがリアルな被写界深度表現も可能になりました。 (詳細は省略)

密着マルチによる奥行き感を効果的に表現する鍵は、各撮影素材のスライド移動速度にあります。 通称「引き速度」と呼ばれ、多くの場合、演出で絵コンテに指定するか、レイアウト・原画段階で指定します。 制作体制にもよりますが、撮影担当が参加することもあります。(複雑なカメラワークを伴う場合)

引き速度は、画面内の対象(キャラクター等)速度を中心に、前後にある撮影素材の見かけの奥行きを考慮して割り出します。通常アニメーターはレイアウト段階で引き速度を算出し、タイム・シート(英名:エクスポージャー・シート)という表に記述してから作画作業に入ります。

 「引き速度」の解説図(mc-7)は以下の条件で作成しました。

キャラクターのフォロー・ショット
.−横300mm×縦175mmのレイアウト
24フレーム/1秒(フィルム)
「走り」は3歩/1秒のタイミング
−遅めの小走

A.前景の木
−引き速度(6.250mm/1コマ)上手へ
B.草地(キャラクターの地面と想定)
−引き速度(3.125mm/1コマ)上手へ
C.キャラクタ(フォロー)* 多少前後
−小走り(3歩/1秒)・歩り幅(25mm/1歩)
D.中景の木々
−引き速度(1.650mm/1コマ)上手へ
E.雲
−引き速度(0.125mm/1コマ)上手へ
F.夜空・月
−引き速度(0.025mm/1コマ)上手へ
(遠くにあるので、移動しない方が良い場合もある。)

mc-7 密着マルチ(フォロー・ショット)における各撮影素材の引き速度

◆シングル・プレーンの密着マルチ技法は、1930年代の漫画映画発展期に、多くの試行錯誤が繰り返され、当初は書割背景(英名"Cut-Off")(注1)を単独で使用したり、それをセルに貼り付けたり、背景彩色に使用されるガッシュ(注2)絵具と同系統の不透明絵具でセルに直接描画する方法など、様々な技法が混在していました。

◆密着マルチ技法及びマルチプレーン撮影技法で注意する点は、パンニング・ショットと同様、スライド移動させる撮影素材を移動分の長さまで計算して用意することです。 例えば、上の図(mc-7)では一番手前に設定されている木が画面下手からフレーム・インし、上手へフレーム・アウトする場合、1画面分の空白部分を木のフォルムの最右端と最左端に加えて撮影素材を制作します。そうしないと、セル素材の透過率の問題から移動後の色味が変化してしまうからです。 (なお、近年のデジタル制作工程では空白セルや「カラ」セルという処理はないものの、空白レイヤー=層として使用する場合があります。)

◆密着マルチは各撮影素材のスライド移動速度を工夫することで少ない動画枚数でもシーンを劇的に変化させることができます。 以下の図(mc-08、mc-09)は雲を前景と後景にわけ、間に複葉機を配したショットですが、すべて平面素材で作成されています。 雲の厚さや広がりは各移動速度の差(運動視差)を調整することで如何様にも表現できます。
注1)通常の背景素材を切り抜いたもの(切り抜き断面は目立たないように素材と同色で塗る)
注2)不透明水彩絵具。 発色は良いが画材としてかなり高価なため、近年では同じく不透明水彩であるポスター・カラーに置き換えられた。

図(mc-08〜09)は、背景を含め4層の密着マルチで表現したものです。 このようなショットはレイアウト(構図)ですべてが決定するといっても良いでしょう。

手前の雲の影が複葉機に落とすセルを追加すれば一層効果が上がります。 半透明感が必要な場合は二重露出を使います。 1回目は、 すべての素材で1/2の露出。2回目は雲と影のセルを除いて1/2の露出で撮影。(フィルム撮影の場合)

mc-8 密着マルチの雲移動1

mc-9 密着マルチの雲移動2


◆このサイトでは、サブ・タイトルの鉛筆に英名も併記していますが、実はこの「ボケ写」の「ボケ」は"Bokeh"として日本発信の正式な写真撮影用語になっています。 ただし命名の歴史は新しく、1997年の"Photo Technique Magazine"誌でポピュラー化しました。 技法的には先に解説した被写界深度表現のカテゴリーに入り、映像用語としては"Shallow Focus(シャロー・フォーカス)"や"Blur (ブラー)"として古くから知られています。 漫画映画撮影では、最も手軽に擬似的な奥行きを表現する方法として、主としてミドル・ショットからクローズ・ショットの背景として用いられました。 ただし多くの場合、意図的にボカして描いた背景画を使用しました。

◆「ボケ」又は「暈し(ぼかし)」は、視覚が対象の距離(奥行き)を計る時に焦点の合うものを優先して認識する”奥行き知覚”の仕組みを応用したものです。

図(mc-10、mc-11)は、フライシャー制作2作目の長編「バッタ君町へ行く」からのボケ背景です。

この作品ではステレオプティカル・カメラはオープニング・シーンを除いてほとんど使われていませんが、虫の目線で見た世界観を表現するために近接撮影時に生じる被写界深度の浅い(ボカシのきいた)背景を描いて効果を上げています。
mc-10 "Hoppity Goes to Town"(1941) mc-11 "Hoppity Goes to Town"(1941)

◆1963年、それまで海外短編作品の組み合わせで構成されたTV漫画映画番組に対抗して、国産初の30分構成のTVアニメーション「鉄腕アトム」(虫プロダクション)の放送が開始されました。 限られた制作費と毎週放送というスケジュールの中、ストーリー性のある30分枠の長尺作品を制作するために数々の独創的な技術が生み出されました。 その一つが背景描画と写真撮影を組み合わせた「ボケ写」背景処理です。

◆虫プロダクションが開発した「ボケ写」は、描画背景をフォーカスをボカシた状態で一旦写真に撮り、背景として再利用する手法です。 場合によっては大判の写真に引き伸ばし、トリミングして複数のショットに使い分けることもあります。

図(mc-12、mc-13)は、「ボケ写」の解説用に実際の写真を背景にして、ノーマル・フォーカスとフォーカスを外したものとで、簡易的な奥行き効果の違いを比較したものです。

図(mc-14〜mc-15)では、大判の「ボケ写」背景写真を複数トリミングして、切り返しのショットに使用した参考例です。 元となる背景素材の内容によって屋内や野外を、またキャラクターの立ち位置の違いを表現することができます。

mc-12 ノーマル背景とセル(比較用)

mc-13 ボケ写背景とセル

mc-14 「ボケ写」背景(トリミング用)

mc-15 トリミング後の「ボケ写」右

mc-15 トリミング後の「ボケ写」左

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