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立体撮影 1 


平面素材という制約の中で平面に描かれたキャラクター達は、自分たちの世界が現実と同じ3次元的な奥行きを持った空間であると信じています。(少なくともそれを前提としてお話が語られます。) そこでアニメーターやレイアウト・マン達は、平面上に必要な奥行きを表現する為に遠近法を駆使して作画します。 しかし、それでも更にリアリティのある奥行き感を表現したい場合があります。

 そこで考案されたのが、キャラクターの動くプレーンと前景や背景のプレーンを物理的に離して撮影する立体撮影装置です。 各層が物理的に離れるため、移動の際におこる遠近感(近くのものは速く、遠くのものは遅く移動するように見えること)が生じ、実写映画と同様に特定の対象に焦点を合わせ、それ以外のものの焦点をぼかすことが可能になります。

有名なものでは1926年、ドイツのロッテ・ライニガーによる「アクメッド王子の冒険」"Die Abenteuer des Prinzen Achmed"に使用された最初のマルチプレーン・カメラがありました。 そしてディズニー・スタジオ初期にディズニーの盟友アニメーターとして腕をふるったアブ・アイワークスが彼の創設した会社(アイワークス・スタジオ)で制作された4段マルチプレーン・カメラがあります。 その後、このマルチプレーン・カメラはディズニー・スタジオにおける音響畑のエンジニアであったウィリアム・ギャリティが独自の改良を重ね、その後多くの制作会社で使用される原型が完成しました。

そして、ほぼ同年代にフライシャー・スタジオでは、ミニチュア背景を使用したステレオプティカル・カメラ(セット・バック)というユニークな立体撮影装置を考案しました。 ステレオプティカル・カメラ(セット・バック)及び、マルティプレーン・カメラは、コンピュータ・グラフィックスなどなかった時代に、観客達に無理なくお話の中に登場するキャラクター達の世界に没入できるよう、制作者たちが創意工夫した当時としては革新的な技術でした。

ステレオプティカル(造語)・カメラは平面プレーンであるセルのバックグラウンドとしてミニチュアで作られたセット・バックを回転するターン・テーブル(扇形)に配置した撮影装置の俯瞰図です。(図 so-0)

  1.撮影台全体を支えるテーブル
  2.カメラ(専用35mmカメラ)
  3.セルをセットするプレーン
  4.メイン扇形プレート
  5.カメラ移動(前後)用レール
  6.カメラ移動用クランク
 11.セル
 12.セルを固定するフレーム
 13.12を支えるガイド
 16.3をスライドさせるレール
 17.後景1用の扇形プレート
 18.後景1セット・バック、書割
 19.前景用のスライド・レール
 20.後景2用の扇形プレート
 21.後景2セット・バック
 22.扇形プレート回転中心軸
 25.照明(対称配置 * 手前側省略)
 27.照明用フィルター

so-0 Stereoptical (俯瞰図)

so-1 Stereoptical ("Popular Science Magazine" Nov 1936 より)

フライシャーのニューヨーク・・スタジオ運用時のステレオプティカル・カメラ(セット・バックが正式名称)の写真(図so-1)。 これは"Popular Science"マガジン1936年11月号に掲載された「ポパイのリアルな景観」"Real Scenery for Popeye"と題する図解特集記事に使用された写真です。 特許申請時(図 so-1)の図と比べると回転テーブル、ミニチュアを置く「スライス・パイ」と呼ばれる扇形状の台、カメラ移動装置、調光機器、電源周りのメカニズムがより複雑になっています。

 1936年というとフライシャーの「カラー・クラシック」シリーズや「ベティ」シリーズにおけるステレオプティカル・カメラが頻繁に使用された年であり、右下に「3」というナンバーがあることから少なくても3台以上の装置が稼動していたことになります。 フライシャーのステレオプティカル・カメラは特許申請時の図で紹介されることが多く、詳細があまり知られていませんでしたが、この記事に掲載された諸元をまとめてみるとかなり重量感のある複雑な機構であったことがわかります。
材質 スチール製
重量 3トン
回転テーブル  直径12フィート。 回り舞台のように、別シーン・別作品のセットを配置しておくことも可能
回転機構 フィルム送りするカメラのモーターに接続、自動及び手動回転。 垂直軸傾斜可
手動クランク ギアにより回転テーブルを単独操作
カウンター ショット(カット)間の回転角度を表示。(セルを載せるプレートの下に設置)
背景 垂直ローラー式になっており、雲の移動やシーンごとの切り替えが可能
前景 セルを載せるプレート("Cartoon Drawn on Transparent Sheet")・レール上の書割り背景
製作 ニューヨーク・スタジオの実験機械工房。(トラス、クランク・ギア類の設計・組立)

右図(so-2)は上から見たステレオプティカル・カメラ装置。 ただし米特許申請時に添付された図面で、実際には全体を回転させる円形のターン・テーブル、回転機構のギアやクランク、全体の構造を支える木枠や骨組み等が追加され、カメラの雲台、セル・ホルダー、照明類と電源もかなり複雑なものが使用されました。 
 「セット・バック」と呼ばれるミニチュアは回転テーブル上に設置した「スライス・パイ」状のプレーンに配置されます。 各プレーンは見かけ上設定された遠近法の消失点(22)のある中心軸を中心に回転します。 セットの規模によって「スライス・パイ」の角度が変わります。 また、プレーン上に配置される木々等の書割背景素材は個別に回転するレールの上に配置します。
 マルチプレーン・カメラとの大きな違いは、背景に立体的なミニチュアを使用するので回転移動に伴うミニチュアの側面が見えることです。

so-2 Stereoptical (上から)
2つの図(so-0、so-2)は、フライシャーが登録した特許(USパテントNo.2054414)図のもので、彼のもう一つの特許である有名なロト・スコープ(実写の映像の動きををトレースしてカートゥーンに使用する装置)とともにアニメーション史によく取り上げられる図です。

ステレオプティカルが本格的に使用された作品は、ベティ・ブープ・シリーズの第13作目である"Poor Cinderella" (1934 図 so-5)からで、この作品ではまだ立体効果の試行錯誤の後が見え、表現としては実験段階といったところでした。

 ステレオプティカル・カメラが本領発揮するのは、モノクロ作品の "Betty Boop and Grampy" (1935)あたりからで、この作品を含めキャラクターの移動シーンに使用されるようになりました。 (図 so-6)
so-5 "Poor Cinderlla" (1934) so-6 "Betty Boop and Grampy" (1935)

1936年に入ると、フライシャー・スタジオの人気シリーズの一つであったカラー・クラシック・シリーズにおいても、ステレオプティカル・カメラが頻繁に使用されるようになります。

 中でも"Play Safe"(1936)(図 so-7)では、鉄橋やトンネルのセット・バックの中をミニチュア機関車が縦横無尽に走り、セルとの絡みもあり、少々エスカレート気味ではありますが、ステレオプティカル・カメラの独壇場という一作でした。
so-7 "Play Safe" (1936) so-8 "Betty Boop Song a Day" (1936)

ベティ・ブープ・シリーズの一作"Song a Day"(1936)(図 so-8)では、ベティが勤める動物病院のベッドに横たわる動物達を病室ごとぐるりと見渡す立体撮影ショットが登場します。 比較的多かった野外シーンの移動ショットではなく、室内のそれもセルに描かれた動物達がセット・バックで作成されたベッドの上に横たわったまま、パンニング(カメラを中心に回転)するという平面と立体が絡む難しいショットです。 おそらくカメラの画角とセルとの位置合わせに相当の手間がかかったことでしょう。  他にも、オットー・ソグロウ原作の連載漫画「リトル・キング」とコラボレートした"Betty Boop and the Little King"(1936)や"House Cleaning Blues"(1937)にも、キャラクターとセット・バックの精細なショットが登場します。

ステレオプティカル・カメラの効果は革新的であったにも関わらず、各話ごとに異なるセット・バックを制作するコストや手間の問題もあり、立体撮影のシーンは、オープニング・シーンに限られるようになり、通常のシーンは従来どおりの書割り背景(日本では通称「ブック」、米では"Cut-Off"と呼ばれる背景レイヤーを使用)の移動処理が主流になりました。(後述)

ステレオプティカル・カメラは、前述した理由により、パテント名のみ配給会社タイトルに表記されるようになり、1937年の「ポパイのアリババ退治"Popeye the Sailor Meets Ali Babas Forty Thieves"」 あたりから徐々に使用頻度が少なくなりました。

 ただし長編作品である「ガリバー旅行記"Gulliver's Travels"」(1939)と、「バッタ君町へ行く"Mr. Bug Goes To Town"」(1941)ではオープニング・タイトル画面にセット・バックが使用されています。 (図 so-9,so-10)
so-9 "Gulliver's Travel" (1939) so-10 "Mr. Bug Goes to Town" (1941)

「バッタ君町へ行く」のオープニング・シーンに使用されたステレオプティカル撮影装置。 左は演出のデイブ・フライシャー。 図は装置の背景台左側からのアングル。 下の方に扇形テーブルの傾斜角度を調整するギア装置とクランクが見えます。 (装置自体の回転はカメラ側のスイッチで制御。)

 セット・バックは、すべてが立体ミニチュア・モデルではなく、中遠景や遠景に書き割り上の背景画が使用されました。 各モデルや書き割りの大きさは視覚的な遠近感を誇張するために、奥に向うほどスケールを小さくしていることがわかります。

 オープニング・シーンでは広大な宇宙空間から地球へ、そして摩天楼がそびえ立つ都会へと、オーバーラップを加えながら近寄っていきます.

 セット・バック・モデル特有の遠近による縦方向の「歪み」や「傾斜」を修正するために、プレーンは水平ではなく、ホリゾント(地平)に向かい少しずつ高くなるようにセッティングされています。 これはオペラやバレエなどの舞台美術でよく使用される技術です。 また建物の各モデルも垂直ではなく少しずつ傾きを調整して配置されています。(図 so-11)
so-11 "Mr. Bug Goes to Town" のセット・バックとデイブ・フライシャー


スレオプティカル・カメラにせよ、マルティプレーン・カメラにせよ、立体的な奥行き感を表現する鍵は、見るものに「運動視差」("Motion Parallax")による「奥行き知覚」の手がかり ("Depth Perception")を効果的に与えることにあります。 「運動視差」とは近くに見えるものは速く移動し、遠くに見えるものはゆっくりと移動する時に生じる視差です。 1936年当時のアメリカ大衆向け科学雑誌にも映画技術の記事が多数掲載されましたが、その頃は"Illusion of Depth"(「深度の錯覚」)という表現が使われていました。

 また、「奥行き知覚」の手がかりとは認知心理学で使われる用語ですが、ようするに視覚に奥行き感を生じさせる要素(絵に限らず、線の傾きや密度、対象物の重なり、色彩や影の要素)のことです。 したがって「運動視差」を生じる手がかりとしての「奥行き知覚」の手がかり要素が多ければ多いほど、視覚に感じる奥行き感がアップすることになります。 これはデジタル・アニメーション制作でも同様で、3次元CGで制作したからといって「奥行き知覚」の手がかり要素が弱ければ立体感に乏しくなることがあります。

平面上に描かれたキャラクターが主体である制約上、「奥行き知覚」の手がかり要素は主として背景関連素材の移動に使用されます。 例えば、キャラクターが町並みの中を下手(左)方向に歩いて移動するフォロー・ショット(キャラをカメラ・フレームに捉えたまま追随する撮影)を考えてみましょう。 各背景素材は、運動視差を考慮してそれぞれ異なる速度で移動(セット・バックの場合は回転)させます。 (図 so-12)

A.前面の木や電柱
 −最も早く上手(右)方向に移動
B.キャラクタ
 −カメラのフレーム内に収まったまま歩く
C.家や建物
 −Aより少し遅く上手(右)方向に移動
D.木々や山並み
 −Cよりも遅く上手(右)方向に移動
E.空
 −最も遅く上手(右)方向に移動(空は遥か遠くにあるので、移動しない方が良い場合もある。)

図(so-12)では、被写界深度が深い為、すべてに焦点が合ってしまっていますが、実際のマルチプレーン・カメラ及びステレオプティカル・カメラでは特定のプレーンもしくはミニチュアに焦点を合わし、その他の素材の焦点をぼかすことが出来るので、より物理的な奥行き表現が可能になります。

so-12 運動視差を応用した背景素材の移動処理
一番下の図(so-13〜15)は、右図(so-9)の背景素材移動をフライシャーの特許時のステレオプティカル装置(CG)で再現してみたものです。 有志の染井カズエさんの制作です。


so-13 ステレオプティカル・カメラ(特許登録時)の全景再現イラスト
so-14 前景とCut-Off素材
so-15 後景テーブルと移動レール

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